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本丸御殿の変遷
なぜ、必要か
主な活動
「春姫道中」
第12回 集合
第11回 集合
第10回 集合
第 9回 集合
第 8回
第 7回
第12回春姫道中
第11回春姫道中
本丸御殿の成立
nn@honmaru.info
本丸御殿復元への啓蒙活動 〜春姫道中〜■

 
■本丸御殿再建には市民によるデモンストレーションが必要
平成8年11月、名古屋市は2010年の再建を目標に進めることを表明。ただし財政状況が許せばと言う条件付きの表明なのです。

現実的に、名古屋市にとって、再建に必要だと言われる百数十億円もの費用を簡単に動かすのは困難なはずです。今世紀中の再建着手のためには市民レベルの大きな盛り上がりが不可欠なのです。
  
■デモンストレーション効果の高いイベントとしての「春姫道中」
名古屋城の秋の風物姿・名古屋まつり。規模も大きく華やかです。長年培われた手法とプロセスですでに名古屋市に定着したまつりとなっております。

しかしながら民間の、民間による、民間のためのまつりも是非とも作り上げたいものです。 
本町通りをはじめとする名古屋の伝統的商業エリアを舞台に、勇壮な「秋の男まつり」に比してやさしさの漂う「春の女まつり」として、また本丸御殿再建のシンボルイベントとして、「春姫道中」を展開して行きます。 
 
 
本丸御殿と縁の深い「春姫」を、御殿再建のシンボルとして登場させることによって、市民の意識を高め、市・県・国にアピールするデモンストレーション効果の高いイベントとして「春姫道中」を市民の力で継続して行く。
 


【春姫とは】

春姫は満13才のとき、紀州から嫁いできた。清洲越しで花見の余裕すらなかった名古屋の町始まって以来の一代イベントでもあった。この時の行列は文献によると、馬上の女中43人、長持ち300棹、御駕籠50挺、中間100人が銭一貫文を真紅の綱に結び歩行。茶道、薬師、お供の諸士等10数町にも及ぶものであった。混乱した戦国末期、持参金付きのこれほど立派な姫行列を迎えられるとは、政治の安定と大平を約束する証のようで、人々は幸せな気分に酔えた一日でもあった。伝えられて「名古屋嫁入り物語」の豪華な結婚式のルーツのなったと推測される。

春姫道中シンボルマーク
原画:夢童由里子
 


■春姫道中■

 
 
 
 
『春はおんなの「春姫まつり」、秋はおとこの「英傑まつり」。これが名古屋の有名な二大まつりですね。』こんな会話が聞こえるような、春の、それも女性をメインにした華やかさのある「女まつり」をつくりあげたいものです。名古屋はよく「行政主導型」という不満を耳にしますが、このまつりは市民が手づくりで完成させて行くことに意義がある市民レベルでの「歴史まつり」です。 

本丸御殿で祝言を挙げて新婚生活を送った春姫】


『春はおんなの「春姫まつり」、秋はおとこの「英傑まつり」。これが名古屋の有名な二大まつりですね。』こんな会話が聞こえるような、春の、それも女性をメインにした華やかさのある「女まつり」をつくりあげたいものです。名古屋はよく「行政主導型」という不満を耳にしますが、このまつりは市民が手づくりで完成させて行くことに意義がある市民レベルでの「歴史まつり」です。